診療室で患者さんの衣服がかすかに皮膚に触れるだけで鋭い痛みが走る——そんな場面に遭遇したとき、「なぜ触れるだけで痛いのか」という疑問は単なる好奇心ではなく、治療の方向性を左右する臨床上の核心問題です。帯状疱疹後神経痛・線維筋痛症・CRPS(複合性局所疼痛症候群)・慢性腰痛の重症例に共通して観察されるこの現象は「アロディニア(allodynia)」と呼ばれ、末梢・脊髄・脳にまたがる複数の神経可塑性変化が絡み合って生じます。本稿では、実験的・臨床的に確立された研究知見をもとに、触覚刺激が痛みとして変換されるメカニズムを段階的に解説します。メカニズムの理解が患者説明の質を高め、介入戦略の再考につながることを目指しています。
アロディニアとは何か——定義・分類・臨床的意義
アロディニアとは、国際疼痛学会(IASP)が定義する「通常では痛みを引き起こさない刺激によって誘発される痛み」を指します。ギリシャ語の「allos(異なる)」と「odyne(痛み)」を組み合わせた造語であり、感覚モダリティの「質的変換」が起きていることを本質的な特徴としています。正常な神経系であれば、軽い接触刺激・温感刺激・圧迫刺激はいずれも痛みではなく触覚・温覚として処理されます。しかしアロディニアを呈する患者では、これらの無害刺激が侵害刺激と同等の経路を通じて処理され、強烈な痛みとして知覚されます。
アロディニアは刺激様式によって大きく三つのサブタイプに分類されます。第一は**機械的静的アロディニア(static mechanical allodynia)で、局所への圧迫・接触によって生じます。von Freyフィラメントなどを用いた定量的感覚検査(QST)で評価され、線維筋痛症の診断補助にも用いられます。第二は機械的動的アロディニア(dynamic mechanical allodynia)で、筆・綿棒・指先で皮膚を軽くなでるような動的な低力刺激で誘発されます。臨床で最も遭遇頻度が高く、帯状疱疹後神経痛やCRPSの特徴的症候です。第三は熱的アロディニア(thermal allodynia)**で、37〜42℃程度の通常は痛みを生じない温度が疼痛として知覚される状態です。日焼け後の皮膚に38℃のシャワーが激しく痛む日常的経験は、急性熱的アロディニアの分かりやすい例です。
混同されやすい概念として「痛覚過敏(hyperalgesia)」があります。両者の違いは本質的で、痛覚過敏は「侵害刺激に対する痛み反応が量的に増強した状態」であり刺激の種類(モダリティ)は変わりません。対してアロディニアは「無害刺激が痛みへと質的に転換される状態」であり、感覚システムの根本的な再編が起きています。Treede RDら(2008年、Neurology)によるneuropathic pain(神経障害性疼痛)の新定義では、アロディニアは神経障害性疼痛の存在を支持する重要な陽性症候のひとつとして明示されており、診断グレーディングシステムにも組み込まれています。
臨床的意義は多岐にわたります。まず、アロディニアを呈する患者は同等の痛み強度を持つ非アロディニア患者と比較して、機能障害・睡眠障害・心理的苦痛が顕著に高い傾向があることが複数の研究で示されています。また、アロディニアの範囲が障害部位を超えて広がる「二次性アロディニア(secondary allodynia)」は、中枢神経系の可塑性変化——いわゆる「中枢感作」——が進行していることの臨床的指標として機能します。さらに、アロディニアの存在は末梢病変だけを標的とした治療アプローチの限界を示唆しており、より広い視野での疼痛管理戦略が求められる状態であることを治療家に伝えます。
図1: 正常とアロディニアの刺激-反応曲線の比較。アロディニアでは活性化閾値が無害刺激域まで低下し、同じ刺激強度でより強い痛みが生じる。
末梢感作——炎症性メディエーターによる侵害受容器の閾値低下
触覚刺激が痛みへと転換されるプロセスの出発点として、末梢での「感作(sensitization)」を理解することが不可欠です。Julius DとBasbaum AI(2001年、Nature)による画期的なレビューは、侵害受容(nociception)の分子基盤を包括的に整理し、現代の痛み研究の礎石を築きました。彼らはTRPV1(transient receptor potential vanilloid 1)やASIC(acid-sensing ion channel)などのイオンチャネルが熱・機械・化学刺激を電気信号へ変換するプロセスを明確化し、炎症性メディエーターがこれらのチャネルの機能的感受性をいかに増強するかを詳細に記述しました。
末梢感作(peripheral sensitization)とは、組織損傷・炎症が生じた際に侵害受容器の活性化閾値が低下し、通常は反応しない強度の刺激に対して発火するようになる現象です。このとき病変周囲の組織では「炎症性スープ(inflammatory soup)」と呼ばれる化学環境が形成されます。プロスタグランジンE₂(PGE₂)・ブラジキニン・ヒスタミン・セロトニン・NGF(神経成長因子)・プロトン(H⁺)・ATP・サブスタンスP・CXCRリガンドなどが集積し、侵害受容器の膜上の受容体・チャネルに直接作用します。
分子レベルのカスケードを追うと、まずPGE₂がEP1/EP4受容体に結合してアデニル酸シクラーゼを活性化し、細胞内cAMPを増加させます。cAMPはプロテインキナーゼA(PKA)を活性化し、PKAはTTX耐性ナトリウムチャネルNav1.8やNav1.9をリン酸化します。Nav1.8はC線維の活動電位発生に中心的な役割を果たすチャネルであり、そのリン酸化によって発火閾値が著しく低下します。結果として、以前は反応しなかった弱い機械刺激でも活動電位が生じるようになります。NGFはTrkA(トロポミオシン関連キナーゼA)受容体を介してPI3K・MAPKシグナリングを活性化し、TRPV1チャネルの細胞膜へのトラフィッキングを促進します。これによりTRPV1の膜上密度が増し、熱・機械刺激への感受性が飛躍的に高まります。
Sandkühler J(2009年、Physiological Reviews)による包括的なレビューは、過痛覚(hyperalgesia)とアロディニアの末梢・中枢メカニズムを統合的に論じ、特にC線維低閾値機械受容器(C-LTMR)の役割に注目しました。有毛皮膚に豊富に分布するC-LTMRは通常、撫でるような心地よい触覚を伝達する線維ですが、炎症状態下で感作を受けると活性化閾値がさらに低下し、非常に弱い機械刺激でも脊髄後角へ強力な入力を送るようになります。これは末梢レベルにおいて「触覚→痛覚変換」の準備が整うことを意味し、後述する脊髄での中枢感作とあいまって完全なアロディニアを成立させます。
末梢感作は可逆的な急性相と、遺伝子発現を伴う慢性相に区別されます。急性末梢感作は主にリン酸化などタンパク質の翻訳後修飾によって分単位から時間単位で生じ、炎症が解消すれば原則として回復します。これに対して慢性末梢感作では、TRPV1・Nav1.7・Nav1.8などの発現が転写レベルで増加し、またNGFシグナリングによる交感神経芽の侵害受容器近傍への発芽なども報告されています。慢性相では組織の炎症が落ち着いた後も末梢感受性の亢進が持続する可能性があり、慢性疼痛維持機構のひとつとして機能します。
ただし、末梢感作のみでアロディニアのすべてを説明するには限界があります。損傷部位から遠隔した皮膚領域(例:腕の神経損傷後に体幹にまで及ぶアロディニア域)では炎症は起きていないにもかかわらず触覚アロディニアが生じます。また、慢性疼痛の患者において末梢炎症マーカーが正常化した後もアロディニアが数年単位で持続するケースは、中枢神経系そのものの構造的・機能的変化が不可欠であることを示しています。
図2: 末梢感作のメカニズム。炎症性スープ(PGE₂・ブラジキニン・NGF・H⁺など)が侵害受容器に作用し、EP受容体→cAMP→PKA→Nav1.8リン酸化という経路で活性化閾値を低下させる。
中枢感作——脊髄後角でのシナプス可塑性とwind-up現象
末梢からの過剰入力が繰り返されると、脊髄後角ニューロンそのものに長期的な興奮性の亢進が生じます。これが「中枢感作(central sensitization)」であり、慢性疼痛とアロディニアの中核メカニズムです。Latremoliere AとWoolf CJ(2009年、Journal of Pain)は中枢感作を「侵害刺激への反応性を増大させる中枢神経系の可塑性変化によって生じる、侵害受容ニューロンの活動性亢進状態」と定義し、その発生・維持・拡大のメカニズムを詳細に論じました。この論文は痛みの神経科学分野において最も引用数の高い総説のひとつであり、現在も中枢感作研究の理論的基盤を提供しています。
中枢感作が生じる最初のステップは「wind-up(ウインドアップ)」と呼ばれる現象です。C線維を繰り返し刺激すると、脊髄後角のWDR(wide dynamic range)ニューロンの応答が刺激を重ねるにつれて階段状に増大していきます。このとき鍵となるのがNMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体です。通常、NMDA受容体のチャネルはMg²⁺(マグネシウムイオン)によって電位依存性にブロックされており、静止状態では活性化しません。しかしC線維から大量にグルタミン酸が放出され、後角ニューロンが繰り返し脱分極すると、このMg²⁺ブロックが外れてNMDA受容体が開口します。Ca²⁺(カルシウムイオン)が細胞内に流入し、PKC(プロテインキナーゼC)やCaMKII(カルシウム/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII)が活性化されます。その結果、AMPA受容体のGluR1サブユニットがリン酸化されてシナプス後膜に追加挿入され、同じグルタミン酸刺激に対してより大きな脱分極が生じるようになります。これはシナプス後LTP(長期増強)と同様の機構であり、「痛みの記憶(pain memory)」が脊髄レベルで形成されることを示唆しています。
Woolf CJ(2011年、Pain)はさらにこの中枢感作の臨床的含意を論じ、中枢感作が診断・治療に与える影響を包括的に整理しました。同論文では、中枢感作に起因するアロディニアには解剖学的に「一次性」と「二次性」の区別があることが強調されています。一次性アロディニアは末梢損傷部位と対応する脊髄後角レベルで生じ、局所の感受性亢進をもたらします。これに対して二次性アロディニアは損傷部位から離れた隣接または遠隔の皮膚にも広がるもので、これは脊髄後角の興奮性亢進が周囲の神経回路にも波及している証拠です。二次性アロディニアの範囲は、中枢感作の「面積」を反映するため、疾患の重症度指標として有用とされています。
中枢感作の維持にはシナプス前・後の双方の変化が関与します。シナプス前では、一次求心性C線維の中枢端からのサブスタンスP・CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)の放出量が増加し、後角ニューロンのNK1受容体(サブスタンスP受容体)を持続的に刺激します。NK1受容体の活性化はPLCを介してIP₃を産生し、細胞内Ca²⁺貯蔵の放出を促すとともに、PKCの活性化を維持します。シナプス後では前述のAMPA受容体増加に加えて、電位依存性カルシウムチャネルのCaV2.2(N型)サブユニットの発現増加が報告されており、これはプレガバリン・ガバペンチンの薬理学的標的でもあります。また一酸化窒素(NO)・プロスタグランジンなどの脂質メディエーターが逆行性シグナルとして放出され、シナプス前C線維終末の放出量をさらに増強するという正のフィードバックループが形成されます。
中枢感作が十分に確立されると、後角ニューロンの受容野(receptive field)が拡大し、以前は反応しなかった隣接部位の機械刺激にも応答するようになります。さらに、低閾値Aβ線維からの触覚入力が侵害性の後角ニューロンを活性化する回路が開通し、「触覚→痛覚」という機能的な変換が脊髄レベルで成立します。これが機械的動的アロディニアの主たる脊髄内メカニズムです。
図3: 中枢感作のメカニズム。繰り返しのC線維刺激によりNMDA受容体のMg²⁺ブロックが外れ、Ca²⁺流入→AMPA受容体増加というLTP様の可塑性変化(wind-up)が生じる。
Aβ線維の再配線——神経損傷後の触覚アロディニアの特殊メカニズム
中枢感作が触覚アロディニアを説明するうえで重要な役割を担うことは前節で述べましたが、神経障害性疼痛におけるアロディニアにはさらに特殊なメカニズムが加わります。それが「Aβ線維(有髄低閾値機械受容線維)の脊髄内再配線」です。Woolf CJら(1992年、Nature)が発表した画期的な研究は、末梢神経損傷後に脊髄後角の解剖学的配線そのものが変化することを初めて明示しました。
通常、Aβ線維(触覚・圧覚を伝達する有髄低閾値機械受容線維)は脊髄後角の第III・IV・V層に終止します。第I・II層(特に第II層、substantia gelatinosa:ゼラチン質)は本来C線維・Aδ線維からの侵害入力を受け取る領域であり、Aβ線維はこの層には通常ほとんど投射しません。しかしWoolfらは、末梢神経を切断したラットでは数週間以内に第III層のAβ線維終末から新たな発芽(sprouting)が起こり、第II層に異所性の投射が形成されることを解剖学的に示しました。この結果、Aβ線維からの触覚信号が侵害入力を処理する第II層ニューロンを直接活性化できるようになり、解剖学的基盤としての「触覚→痛覚」変換回路が脊髄後角に成立します。
この「Aβ線維スプラウティング(sprouting)仮説」は神経障害性疼痛における機械的動的アロディニアを説明する有力な機構として広く受け入れられています。Sandkühler J(2009年、Physiological Reviews)のレビューはこの仮説をさらに発展させ、スプラウティングだけでなく、既存のAβ線維終末のシナプス効率の変化——具体的にはサイレントシナプス(silent synapse:通常は機能しない潜在性シナプス)の顕在化——によっても同様の触覚→痛覚変換が起こる可能性を論じています。サイレントシナプスは通常の触覚入力では活性化されませんが、中枢感作によってシナプス後ニューロンの興奮性が高まることで機能を獲得し、同じAβ線維入力に対して後角侵害ニューロンが反応するようになります。
臨床的に重要なのは、スプラウティングと中枢感作は相互に促進しあうことです。NGFの濃度上昇は末梢での神経可塑性を高めるとともに、脊髄内での構造的再編成を促進することが知られています。また中枢感作によって後角ニューロンの興奮性が高まることで、Aβ線維からの弱い入力でも活動電位が生じやすくなり、機能的には「スプラウティングが完成していなくても」動的アロディニアが成立しやすい状態を作ります。神経損傷の程度・部位・経過時間によって末梢感作・中枢感作・スプラウティングのそれぞれの寄与度が異なるため、同じ「触覚アロディニア」でも背景メカニズムの比重は患者ごとに異なると考えられます。
また、Aβ線維の再配線は可逆性が低いとされており、慢性神経障害性疼痛の治療困難性の一因とも考えられています。動的機械的アロディニアが急性鎮痛薬に相対的に抵抗性を示す傾向があることは、解剖学的再配線という基盤があるためと説明できます。ただし、成熟した脊髄においても神経可塑性は完全に消失するわけではなく、特定の条件下では逆方向の再組織化(脱感作)が可能であることを示す動物実験データも存在します。ただしこれが臨床的に意味のある形で起こるかどうかは現時点では十分に解明されておらず、今後の研究課題です。
図4: 神経損傷後のAβ線維スプラウティング。正常ではAβ線維は第III層以深に投射するが、神経損傷後は侵害入力処理を担う第II層にも新たな終枝が発芽し、触覚→痛覚変換の解剖学的基盤が形成される。
ミクログリアとP2X4受容体——神経障害性アロディニアの細胞維持機構
末梢神経損傷の後、脊髄後角ではニューロンだけでなく非神経細胞にも劇的な変化が生じます。特に注目すべきはミクログリア(microglia:中枢神経系の常在免疫細胞)の活性化です。Tsuda Mら(2003年、Nature)は脊髄ミクログリアのP2X4受容体(プリン作動性ATP受容体)が触覚アロディニアの発現に不可欠であることを示した画期的な研究を発表し、神経障害性疼痛の細胞メカニズム研究に新たな地平を開きました。
末梢神経損傷が生じると、末梢から脊髄後角へのシグナルとしてATPが大量に放出されます。ATPは損傷細胞からの放出のほか、活性化した一次求心性線維の中枢端からも放出されます。このATPがP2X4受容体(P2RX4)を介してミクログリアを活性化します。Tsudaらのグループは、末梢神経損傷ラットの脊髄後角においてP2X4受容体の発現が選択的に誘導・増強されること、そしてP2X4受容体のアンタゴニスト(TNP-ATP)を脊髄内投与すると触覚アロディニアが著しく軽減されることを示しました。さらに、P2X4受容体を発現させたミクログリアをナイーブ(正常)ラットの脊髄に移植すると触覚アロディニアが誘発されるという実験は、ミクログリアのP2X4活性化が「アロディニアを引き起こすのに十分な条件」であることを示す決定的な証拠です。
P2X4受容体が活性化されたミクログリアは、BDNF(脳由来神経栄養因子)を放出します。BDNFはTrkB受容体を介して後角ニューロンに作用し、KCC2(K⁺/Cl⁻共輸送体2)の発現を低下させます。KCC2は通常、ニューロン内のCl⁻を細胞外に排出し、GABA受容体を介した塩素イオン流入が「過分極(抑制)」として機能するために必要な電気化学的勾配を維持しています。しかしKCC2が低下すると、細胞内Cl⁻濃度が上昇し、GABA受容体の活性化が逆に脱分極(興奮)をもたらすようになります——すなわち「GABA逆転(GABA polarity shift)」が起こります。これにより、本来は侵害入力を抑制するはずのGABA作動性介在ニューロンが、逆に後角ニューロンを興奮させることになり、アロディニアが維持・増強されます。
ミクログリアによるアロディニア維持機構は、単純な興奮性増大とは異なる複雑な次元を持っています。第一に、ミクログリアは活性化状態のスペクトル(M1様:炎症促進 / M2様:修復促進 / DAM:疾患関連ミクログリア等)を持ち、慢性疼痛の経過に応じてその表現型が変化します。第二に、ミクログリアと後角ニューロンの相互作用は一方向ではなく、ニューロン側から放出されるCSF1(colony-stimulating factor 1)・フラクタルカイン(CX3CL1)などがミクログリアを継続的に活性化します。第三に、ミクログリアの活性化は性差の影響を受けることが近年明らかになっており、雌マウスではT細胞が類似の役割を果たすことが報告されています(Mappingら、2015年、Nature Neuroscience——ただしこれは研究が進行中の領域であり、臨床的含意はまだ確立されていません)。
治療的観点から重要なのは、ミクログリアの活性化が血液脳関門を通過できない薬剤によってはアクセスしにくいという点です。ミノサイクリン(ミクログリア活性化抑制作用を持つ抗生物質)が動物実験レベルで触覚アロディニアを軽減することは複数の研究で示されていますが、臨床試験での有効性は限定的であることも報告されており、単純な動物モデルからの外挿には慎重さが求められます。ミクログリアを標的とした疼痛治療は活発に研究が進む領域ですが、現時点では臨床的に確立された治療法はなく、今後のエビデンス蓄積が期待されます。
図5: ミクログリアのP2X4活性化とGABA逆転。末梢神経損傷→ATP放出→P2X4活性化→BDNF放出→KCC2低下→GABA逆転という連鎖が、後角の内因性抑制システムを破綻させ触覚アロディニアを維持する。
下行性調節系との相互作用——抑制と促通のバランス崩壊
アロディニアのメカニズムを末梢・脊髄レベルだけで論じることはできません。脊髄後角での信号処理は、脳幹から脊髄へ向かう「下行性調節系(descending modulation system)」によって強力に制御されており、このシステムのバランス崩壊がアロディニアの慢性化に深く関与しています。
下行性調節系は大きく「下行性抑制系(descending inhibition)」と「下行性促通系(descending facilitation)」の二つの要素で構成されます。下行性抑制系の中心は中脳水道周囲灰白質(PAG:periaqueductal gray)と延髄吻側腹内側部(RVM:rostral ventromedial medulla)を結ぶ回路であり、ノルアドレナリン・セロトニン・内因性オピオイドを介して脊髄後角の痛覚伝達を抑制します。これはWoolf CJ(2011年、Pain)が詳細に論じた「内因性鎮痛システム」の中核です。一方、下行性促通系は同じRVM内の「ON細胞(on-cells)」から出発し、セロトニン(5-HT₃受容体経由)やコレシストキニンを介して後角ニューロンの興奮性を高め、痛みを増幅します。
急性疼痛・正常状態では下行性抑制系が優勢であり、侵害入力は適切に処理されて鎮痛されます。しかし、継続的な末梢炎症・神経損傷・心理社会的ストレスによって脊髄後角の中枢感作が進行すると、RVMのOFF細胞(鎮痛)とON細胞(促通)のバランスがON細胞優位にシフトします。Sandkühler J(2009年、Physiological Reviews)はこの転換点を「下行性促通の優位化(descending facilitation dominance)」と表現し、この状態では脊髄後角が定常的に過興奮状態に保たれ、触覚入力でも容易に痛みが生じるアロディニア閾値を維持することを説明しました。
慢性疼痛患者における「条件付き疼痛変調(CPM:conditioned pain modulation)」の機能低下——遠隔部位への侵害刺激で本来の痛みが軽減されるはずが軽減されない現象——は、下行性抑制の機能不全を反映する臨床指標として広く用いられています。CPMが低下している患者ではアロディニアの合併率が高く、また将来の疼痛慢性化を予測する因子のひとつであることが複数の縦断研究で示されています。
臨床への示唆——メカニズム理解が変える介入の視点
以上の研究知見をふまえると、アロディニアを呈する患者への介入において、単純な「痛い場所を触らない・温める」以上の視点が生まれます。
第一に、触覚入力そのものを治療的刺激として再フレーミングする視点があります。動的機械的アロディニアは確かに日常的な触れ方で誘発されますが、低強度の安全な触覚刺激を系統的・段階的に提示する暴露法(graded mechanical exposure)が、脊髄後角の可塑性変化を逆方向に動かす可能性があることが基礎研究で示唆されています。ただしこれは患者に事前に十分な説明と同意を得たうえで、疼痛増悪が一定の閾値を超えない範囲で慎重に行う必要があります。
第二に、下行性調節系の最適化という視点があります。有酸素運動・マインドフルネス・呼吸法などが下行性抑制系の機能を高め、CPM能を改善する可能性は複数の研究で示唆されています(Woolf CJ, 2011年)。これらの介入はアロディニアそのものに直接作用するわけではありませんが、脊髄後角の「興奮性状態の基準線」を下げることで、触覚アロディニアの誘発閾値を高める効果が期待できます。
第三に、患者教育と恐怖回避の軽減です。アロディニアを「壊れた神経から来る不可逆なもの」と患者が理解している場合、触覚への恐怖・回避が二次的な下行性促通の強化につながります。「脊髄の可塑性は可逆性を持つ側面もある」「脳がシグナルを過剰処理している状態であり、適切な介入で変化し得る」という枠組みを提供することが、疼痛神経科学教育(PNE)の文脈から有益とされています(Latremoliere & Woolf, 2009年)。
第四に、薬理的アプローチとの連携です。上述のように、CaV2.2チャネルの発現増加はプレガバリン・ガバペンチンの薬理標的であり、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)は下行性ノルアドレナリン系を増強することでアロディニアに対する効果を持つと考えられています。理学療法士・柔道整復師・鍼灸師が薬を処方できるわけではありませんが、患者が服用している薬剤の作用機序を理解することは、治療目標の共有と患者説明の質を高めます。
まとめ
アロディニア——触覚刺激が痛みへと転換される現象——は、単一のメカニズムではなく、末梢感作・中枢感作・Aβ線維の再配線・ミクログリア活性化・下行性促通系の優位化という複数の層が絡み合って生じます。Julius & Basbaum(2001年、Nature)が明らかにした末梢侵害受容の分子基盤、Sandkühler(2009年、Physiological Reviews)が整理した過痛覚とアロディニアの統合モデル、Latremoliere & Woolf(2009年、Journal of Pain)とWoolf(2011年、Pain)による中枢感作の機構解析、そしてTsudaら(2003年、Nature)が発見したミクログリアP2X4による細胞レベルの維持機構——これらの研究は互いに補完しながら、現代の疼痛科学の骨格を形成しています。
治療家としての実践に直接結びつく知見としては、①アロディニアの背景には可逆的な機能的変化(感作・中枢感作)と相対的に可逆性の低い構造的変化(スプラウティング)が混在すること、②末梢病変だけへのアプローチには限界があり脊髄・脳を含むシステム全体を視野に入れる必要があること、③下行性調節系への介入(運動・教育・呼吸法等)が補完的に有効な可能性があること、の三点が挙げられます。神経科学の研究が進むにつれて、アロディニアのより精緻な表現型分類と、それぞれのメカニズムに対応した個別化介入戦略が確立されることが期待されます。
図6: 下行性調節系の抑制と促通のバランス。正常ではOFF細胞(鎮痛)優位だが、慢性疼痛・中枢感作の進行とともにON細胞(促通)優位にシフトし、脊髄後角が定常的な過興奮状態に置かれる。
参考文献
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- Sandkühler J. (2009). Models and mechanisms of hyperalgesia and allodynia. Physiological Reviews, 89(2), 707–758.
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- Woolf CJ, Shortland P, Coggeshall RE. (1992). Peripheral nerve injury triggers central sprouting of myelinated afferents. Nature, 355(6355), 75–78.
- Tsuda M, Shigemoto-Mogami Y, Koizumi S, Mizokoshi A, Kohsaka S, Salter MW, Inoue K. (2003). P2X4 receptors induced in spinal microglia gate tactile allodynia after nerve injury. Nature, 424(6950), 778–783.