「コアを鍛えれば腰痛は防げる」——この言説は今や臨床の場でも日常会話でも広く浸透していますが、その中心を担う「深層筋」の具体的な動態を、研究エビデンスのレベルで理解している治療家はまだ少ないかもしれません。多裂筋はどの線維が、どのタイミングで、どのような神経制御を受けて活動しているのか。腸腰筋については「股関節屈筋」という印象が先行しがちですが、腰椎の安定性への関与については今なお議論が続いています。本稿では、1990年代から2010年代にかけて蓄積された筋電図(EMG)研究と超音波(rehabilitative ultrasound imaging: RUSI)研究を軸に、多裂筋・腸腰筋の機能解剖を方法論の限界も含めて丁寧に整理します。
脊椎安定性研究の転換点——なぜ「深層筋」が注目されたのか
1990年代初頭まで、腰痛に対する運動療法は主に脊柱起立筋や腹直筋といった表層大筋群の強化を中心に設計されていました。腰椎周囲の「強さ」を増やすことが安定性につながるという直感的な発想は、当時の主流的な考え方でした。しかし、この枠組みに根本的な問い直しを迫ったのが、Panjabi(1992年)の提唱した脊椎安定性の三要素モデルです。
Panjabiは脊椎の機能的安定性を「パッシブサブシステム(骨・椎間板・靭帯)」「アクティブサブシステム(筋肉とその腱)」「ニューラルコントロールサブシステム(神経系による筋活動の協調制御)」の三者の統合として捉え直しました。このモデルが臨床研究に与えた最も重要な示唆は、脊椎の安定性が筋力(発揮できる力の大きさ)だけで決まるのではなく、適切なタイミング・適切な筋群が適切な強度で活性化されるという活動パターンによって成立するという点にあります。
すなわち、筋断面積が大きくても活動のタイミングが乱れていれば椎間節の制御は一瞬破綻しうる。逆に、小さな筋力でも適切な神経筋制御パターンが保たれていれば、脊椎節間の安定は維持できる——こうした考え方が、表層大筋群ではなく深部の局所安定筋(local stabilizer)への注目を促しました。そして「局所安定筋の筆頭」として浮上してきたのが、多裂筋(multifidus)と腹横筋(transversus abdominis: TrA)であり、腸腰筋(iliopsoas)もその文脈で検討されてきました。
この研究潮流の中心的役割を果たしたのが、1990年代にオーストラリア・クイーンズランド大学を拠点としたPaul Hodges、Carolyn Richardson、Julie Hidesらの研究グループです。彼らは細針電極EMGと超音波を組み合わせた独自の研究体制を構築し、腰痛患者の筋活動パターンに関する一連の重要な知見を発表し続けました。その後も世界各地の研究者がこの問いを引き継ぎ、多裂筋・腸腰筋の機能解剖はより精緻に記述されるようになっています。
図1: 脊椎安定性の三要素モデル。Panjabiの概念に基づき、骨・靭帯(パッシブ)、筋(アクティブ)、神経制御(ニューラル)の三者が統合して脊椎安定性が成立することを示す。
しかし重要なのは、このモデルはあくまで概念的な枠組みであり、各サブシステムの相対的貢献度は運動課題・荷重条件・個人差によって大きく変動します。臨床への適用に際しては、「深層筋を鍛えれば安定する」という単純化された言説に落とし込まないことが求められます。以降のセクションでは、実際の研究がこの枠組みの中でどのような具体的知見を積み上げてきたかを見ていきます。
多裂筋の解剖と筋電図的特性——表層線維と深層線維の分業
多裂筋(multifidus)は腰仙部で最も内側・深部に位置する筋群であり、棘突起から2〜4椎骨下位の横突起・乳突起・仙骨後面へと走行する短い筋束の集合体です。各腰椎レベルにそれぞれ固有の筋束を持ち、特にL4・L5・S1のレベルで筋腹が発達しています。表在する脊柱起立筋(最長筋・腸肋筋)に比べ、腕の長さが短いためトルク産生効率は低いですが、その分だけ椎骨間の局所制御に特化した解剖学的特性を持ちます。
解剖学的には、多裂筋を「表層多裂筋(superficial multifidus)」と「深層多裂筋(deep multifidus)」の二層に大別することができます。表層多裂筋の筋束は比較的長く、2〜3椎骨節をまたいで走行します。その走行方向の特性から腰椎伸展モーメントの産生に適しており、姿勢保持・大きなトルク発揮に貢献すると考えられています。一方、深層多裂筋の筋束は非常に短く(1椎骨節以内)、棘突起から隣接する椎骨の乳突起へと走行し、椎間関節レベルでの微細な制御に特化した構造を持っています。
この「層構造の分業」という概念を支持したのが、筋電図(EMG)研究です。筋電図には主に二種類の計測手法が用いられてきました。表面EMGは皮膚に貼付するだけで非侵襲的・簡便ですが、皮下脂肪の厚さや隣接筋からのクロストーク(信号の混入)の影響を強く受け、深部にある多裂筋の深層線維を選択的に捉えることは本質的に困難です。これに対し、**細針電極EMG(fine-wire electrode EMG)**は超音波ガイド下で細いワイヤー電極を直接筋内に挿入する方法であり、より高い空間選択性が得られます。ただし侵襲的であるため、倫理的・実際的な制約から大規模な研究には向きません。
Moseley, Hodges, Gandevia(2002年、Spine)は細針電極EMGを用いた研究において、健常者の上肢随意運動(アームレイズ課題)時に多裂筋の深層線維と表層線維を分離して計測し、両者が質的に異なる動員パターンを示すことを初めて詳細に示しました(Moseley GL, Hodges PW, Gandevia SC. 2002. Spine, 27(2), E29-E36)。具体的には、深層多裂筋の線維は上肢運動の開始に先行して低い振幅で持続的に活動するパターンを示したのに対し、表層多裂筋の線維はより大きな外力・急速な動作に対して瞬発的・高振幅で応答するパターンが確認されました。
この「深層=持続的・低強度の椎間制御」「表層=瞬発的・高強度の大トルク対応」という分業モデルは、リハビリテーション設計に対して重要な理論的根拠を提供します。深層線維の機能回復を目的とするなら、大重量のウェイトトレーニングではなく、低強度・高認知の運動制御訓練が適している可能性があるということです。ただし、この研究の被験者は健常者であり、腰痛患者においてこの分業パターンがどのように変化するかについては、別途の検証が必要です。
続いて、多裂筋研究において最も影響力を持った筋電図研究を見てみましょう。Hodges と Richardson(1996年、Spine)は腰痛患者(n=15)と健常者(n=15)を対象に、立位での上肢の急速な外転運動課題(三角筋の活動でタイミング指標を設定)を実施し、細針電極EMGにより体幹深層筋の予測的活動(feedforward / anticipatory postural adjustment: APA)を計測しました(Hodges PW, Richardson CA. 1996. Spine, 21(22), 2640-2650)。
APAとは、随意運動に「先行して」体幹・脊椎を安定化させるために発火する神経筋プログラムです。健常者では三角筋の活動(上肢運動の開始指標)より平均30〜50ミリ秒前に腹横筋が活性化し、多裂筋も同様に先行的に活動することが確認されました。一方、腰痛患者ではこの先行活動のタイミングが有意に遅延しており、運動開始後に後追いで体幹筋が活動するパターンが観察されました。この「APAの遅延」は特に腹横筋で顕著でしたが、多裂筋でも同様の傾向が確認されています。
この知見が臨床に与えたインパクトは大きいものでした。「腰痛=筋力の問題」ではなく「腰痛=神経筋協調パターンの障害」という視点が定量的に支持されたからです。治療の目標が「筋力の増大」から「活動タイミングの正常化・APAの再獲得」に移行するとすれば、運動療法の設計思想は根本的に変わります。この研究はその後の「運動制御的アプローチ(motor control approach)」の理論的礎となりました。
ただし、方法論的な限界も明示しておく必要があります。各群のサンプルサイズが15名と小規模であること、腰痛患者の慢性化の程度・障害の均一性について詳細な情報が限られていること、細針電極の挿入という侵襲的手続きが被験者に緊張・不快感をもたらし、それ自体がEMGパターンに影響する可能性があること——こうした点について、後続研究では批判的な検討もなされています。また、APAの遅延が「腰痛の原因」なのか「腰痛の結果」なのかという因果関係の方向性は、横断研究では判断できません。
図2: 上肢外転運動時の予測的姿勢制御(APA)比較。健常者では三角筋(上肢運動指標)の活動より数十ミリ秒前に体幹深層筋が先行発火するが、腰痛患者ではこのAPAが遅延し、運動開始後に後追いで活動するパターンが観察される(Hodges & Richardson 1996の知見に基づく概念図)。
このAPAの遅延は腰痛患者の全員に均一に観察されるわけではなく、慢性化の程度・痛みの強度・不安・恐怖回避行動などの心理社会的要因とも関連することが後続研究では報告されています。したがって、「腰痛患者=APAが遅延している」という単純な二項対立で捉えることには慎重になる必要があります。APAの評価・訓練を臨床に組み込む際は、個々の患者の神経筋制御パターンをアセスメントしながら判断することが求められます。
急性腰痛後の多裂筋変化——超音波研究が示した「自然には回復しない萎縮」
多裂筋研究において、超音波画像(rehabilitative ultrasound imaging: RUSI)は不可欠なモダリティとなりました。RUSIはCT・MRIに比べてコストが低く、リアルタイムでの筋収縮動態の観察・筋断面積の計測が可能なため、臨床研究から実地の患者評価まで幅広く活用されています。特に多裂筋の断面積(cross-sectional area: CSA)と、安静時・随意収縮時の筋厚変化を定量化する手法として、1990年代から多数の研究で採用されてきました。
Hidesら(1994年、Spine)は急性・亜急性腰痛患者26名を対象に、超音波およびCTを用いて腰椎各レベル(L1〜L5)の多裂筋CSAを罹患側と非罹患側で比較しました。その結果、腰痛を呈している側(罹患側)の特定腰椎レベルで多裂筋CSAが健側と比較して有意に小さいことが示されました(Hides JA, Stokes MJ, Saide M, Jull GA, Cooper DH. 1994. Spine, 19(2), 165-172)。
この萎縮の特徴として特に注目されるのは次の二点です。第一に、萎縮が腰椎全体に均等に生じるのではなく、症状と対応する特定のレベルに局在するという点です。L4-L5、L5-S1付近での局所萎縮が最も頻繁に観察されました。第二に、この萎縮が発症後わずか数日〜数週間で観察されるという時間的な速さです。通常の廃用性萎縮(disuse atrophy)は筋タンパク合成の低下と分解の亢進によって数週間〜数ヶ月をかけて進行しますが、急性腰痛後のこれほど急速な局所萎縮は「廃用」だけでは説明しきれません。
この急速な局所萎縮のメカニズムとして有力視されているのが、ニューロジェニックな(神経性の)筋制御変化です。疼痛・炎症・椎間関節の機械的刺激などが当該椎骨レベルの脊髄前角ニューロンへのフィードバックを通じて、多裂筋への運動指令を急性に抑制すると考えられています。これは「疼痛による筋抑制(pain inhibition)」と呼ばれ、膝関節周囲の大腿四頭筋萎縮など他の筋骨格系障害でも共通して観察される現象と類似しています。
さらに重大な知見をもたらしたのが、Hidesら(1996年、Spine)による縦断的RCTです。この研究では、急性腰痛(初回発症)から4週間以内に症状が自然軽快した患者を2群に無作為に割り付けました。一方は「通常医療のみ(医師の指示に従った安静・鎮痛薬処方など)」、もう一方は「通常医療+多裂筋の特異的再教育訓練」です。超音波で多裂筋CSAを4週・10週後に追跡したところ、通常医療群では症状消失後も罹患側の多裂筋CSAが健側のレベルまで回復しないことが明確に示されました(Hides JA, Richardson CA, Jull GA. 1996. Spine, 21(23), 2763-2769)。
10週後において、通常医療群では罹患側と健側のCSA非対称性が依然として残存していましたが、特異的訓練群では3〜4週間で左右の対称性が回復し、10週後・1年後の再発率も低い傾向が確認されました。
図3: Hides(1996)RCTの研究デザインと多裂筋CSA回復パターンの模式図。症状消失後も通常医療群では罹患側のCSAが健側レベルまで回復しないが、多裂筋の特異的訓練群では4週前後で左右対称性が回復する傾向が示された。
この知見の臨床的意義を整理しましょう。「痛みの消失」と「多裂筋の神経筋機能の回復」はイコールではない——これが最も重要なメッセージです。急性腰痛の多くは数週間の自然経過で症状が軽快しますが、背後では多裂筋の局所的な筋萎縮・神経筋制御異常が残存し、それが再発の素地になるという可能性をこのRCTは示唆しています。
ただし、この研究にも方法論的限界があります。各群の症例数が20名程度と小規模であること、「特異的訓練」のプロトコルが研究者主導であり一般臨床での再現性が検証されていないこと、1年後の再発率については統計的有意差の判断に慎重を要することなどが挙げられます。また、Fortin と Macedo(2013年、Physical Therapy)のシステマティックレビューでは、慢性腰痛患者と健常者の多裂筋CSAを比較した複数の研究を統合分析した結果、慢性腰痛患者では多裂筋CSAの縮小が確認されるものの、測定方法・ブラインド化の水準・患者背景の均一性によって結果にばらつきがあることが指摘されています(Fortin M, Macedo LG. 2013. Physical Therapy, 93(7), 873-888)。
腸腰筋の解剖と筋電図——「股関節屈筋」を超えた腰椎への関与
腸腰筋(iliopsoas)は大腰筋(psoas major)と腸骨筋(iliacus)の二筋が合流して構成される複合筋です。大腰筋は腰椎(T12〜L5)の椎体・椎間板の側面および横突起から起始し、腸骨筋は腸骨窩(iliac fossa)の内側面から起始します。両者は鼠径靭帯を通過した後に合流し、大腿骨小転子(lesser trochanter)に停止します。
この解剖学的起始・停止から、腸腰筋は従来「股関節屈筋」として分類されてきました。立位から座位への移行・歩行時の下肢の振り出し・仰臥位からの起き上がりなどの動作において、股関節屈曲トルクの主要な担い手として機能することは多くの研究が支持しています。しかし1990年代以降、腸腰筋の腰椎安定性への貢献という観点から再評価が進み、その役割に関する議論が活発化しました。
大腰筋が腰椎椎体の側方から起始するという解剖学的特性は、単純な股関節屈筋としての役割を超えた可能性を示唆します。Bogduk, Pearcy, Hadfield(1992年、Clinical Biomechanics)は大腰筋の詳細な生体力学的解析を行い、大腰筋の各筋束の走行方向と腰椎への作用を計算的に検討しました(Bogduk N, Pearcy M, Hadfield G. 1992. Clinical Biomechanics, 7(2), 109-119)。その結果、大腰筋は腰椎に対して圧迫力(compression force)と前屈方向のモーメントを生じさせる一方で、直立姿勢では腰椎側彎を防ぐ方向にも作用する可能性があるとされました。
ただし、この大腰筋が腰椎の「安定化筋」として機能するか「負荷を増大させる筋」として機能するかは、腰椎の彎曲角度・姿勢・共収縮する他筋との相互作用によって変化する可能性があり、単純な答えが出ない複雑な問いとなっています。この点については研究者間で意見が分かれており、現在も議論が継続しています。
図4: 腸腰筋(大腰筋・腸骨筋)の解剖模式図。大腰筋は腰椎椎体側面から、腸骨筋は腸骨窩から起始し、合流して大腿骨小転子に停止する。大腰筋の腰椎起始が腰椎安定性への関与を示唆するが、その正確な役割については議論が続いている。
腸腰筋の筋電図(EMG)研究としては、Andersson, Oddsson, Grundström, Thorstensson(1995年、Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports)らの研究が重要です。彼らは異なる体位・動作課題における大腰筋と腸骨筋の活動パターンを細針電極EMGで計測し、両筋の機能的分業について検討しました(Andersson E, Oddsson L, Grundström H, Thorstensson A. 1995. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports, 5(1), 10-16)。
この研究の主要な知見は、大腰筋と腸骨筋が必ずしも同一のパターンで共収縮するわけではなく、課題・姿勢・負荷によって異なる動員戦略をとるという点にあります。特に仰臥位でのSLR(直脚挙上)など股関節屈曲動作では両筋が強く活性化しますが、立位での静的姿勢保持や軽負荷の課題では大腰筋がより選択的に活動する場面が観察されました。この「大腰筋の単独活動」が腰椎への圧迫力を増大させるのか、それとも安定化に貢献するのかという解釈は、測定状況と負荷条件に依存するため一概に判断できません。
腸腰筋と腰痛の関係については、複数の研究がCSAの変化を報告しています。腰痛患者では大腰筋のCSAが健常者より小さい傾向があることが観察されていますが、これが腰痛の原因なのか結果なのか、あるいは単なる廃用性変化なのかについては、因果関係の同定が難しいままです。また、大腰筋のCSAを超音波で正確に評価するには技術的なハードルが高く——腸骨筋と大腰筋の境界を一貫して同定することが難しいため——、測定信頼性の問題が未解決のまま研究間のばらつきにつながっています。
腸腰筋の臨床的評価という観点からも課題があります。徒手筋力検査(MMT)で評価できるのは主に腸骨筋(純粋な股関節屈曲トルク産生)であり、大腰筋の腰椎への作用を直接評価することはほぼ不可能です。超音波による大腰筋断面積の計測は行われていますが、その結果を治療判断に直結させるエビデンスは現時点では限られています。したがって、臨床では腸腰筋の「全体的な機能評価(股関節屈曲筋力・姿勢アライメント・股関節可動域など)」を通じた間接的なアセスメントが現実的なアプローチとなります。
超音波画像を用いた深層筋評価——計測方法・信頼性・臨床活用の現実
多裂筋・腸腰筋を含む深層腰部筋を臨床で評価する際、超音波(RUSI)は最もアクセスしやすい定量的ツールです。ここでは計測方法の概要と、その信頼性・限界について整理します。
多裂筋の超音波評価では主に二種類の指標が用いられています。一つは安静時の筋の厚さ(thickness at rest)あるいは断面積(CSA)の計測であり、萎縮の程度の定量化に使われます。もう一つは**随意収縮時の厚さの変化率(contraction ratio: CR)**であり、「安静時の厚さに対する随意収縮時の増加割合」として算出され、筋の収縮能力のプロキシ指標として用いられます。
計測手順の基本は以下の通りです。患者は腹臥位をとり、L4-L5レベルの棘突起の外側2〜3 cm付近に超音波プローブを横軸(transverse)または縦軸(longitudinal)に当てます。横断面では腰椎の横突起をランドマークとして多裂筋の深部境界を同定し、断面積を手動でトレースするか、筋の厚さを最大径で計測します。随意収縮時の計測では、「お腹を縮めずに腰を地面に押し付けないようにしながら、背中の筋を軽くふくらませてください」といった指示で多裂筋の選択的収縮を促しながらリアルタイムで観察します。
図5: 多裂筋の超音波(RUSI)評価におけるプローブ配置と計測ポイントの模式図。腹臥位で棘突起外側2〜3 cmにプローブを当て、L4-L5レベルを中心に安静時・随意収縮時の筋厚または断面積を計測する。
RUSIの信頼性(reproducibility)については複数の研究が報告しており、多裂筋の筋厚計測は測定者内ICC(intraclass correlation coefficient)で概ね0.80〜0.95、測定者間ICCで0.75〜0.90程度と報告されています。これは臨床利用として許容できる水準といえますが、測定者の技量・プローブの圧力・患者の体位の安定性・呼吸のタイミングなどによって測定値が変動するため、標準化されたプロトコルの遵守が信頼性確保の前提条件となります。
RUSIの主な限界としては次の点が挙げられます。第一に、超音波では多裂筋の深層線維と表層線維を画像上で明確に分離することが困難であり、計測しているのが両者の混合した厚さである点です。第二に、筋厚の変化率(CR)が筋の収縮「能力」を正確に反映しているかどうかには疑問も呈されており、患者の理解度・課題への反応・疼痛回避行動が測定値に影響する可能性があります。第三に、超音波で「萎縮がある」「収縮率が低い」と確認された場合でも、それが腰痛の原因・維持因子なのか、症状の結果として生じた変化なのかを画像だけから判断することはできません。
臨床への示唆——研究知見を治療台で活かすための視点
ここまでレビューしてきた多裂筋・腸腰筋の筋電図・超音波研究は、治療家にとって実践的にどのような視点の変化をもたらすでしょうか。研究と臨床のギャップを意識しながら、五つの観点から整理します。
第一の視点:痛みが消えても機能回復は完了していない可能性を念頭に置く
Hidesら(1994, 1996年)の研究が最も強く示唆するのは、急性腰痛後の「症状の消失」が「多裂筋の神経筋制御の正常化」を意味しないという点です。臨床では患者が「もう痛くない」と訴えた段階で治療を終了するケースが多いですが、この視点に立てば、症状消失後も「超音波で多裂筋の左右対称性が回復しているか」「APAが再獲得されているか」をフォローする価値があるかもしれません。ただし、それが実際の再発予防につながるかどうかを明確に支持する大規模RCTは現時点では限られており、過度な期待も禁物です。
第二の視点:運動の強度より「タイミングとパターン」を意識した指導が有効な場合がある
Hodges と Richardson(1996年)が示した「APAの遅延」は、深層筋の神経筋制御障害が筋力(CSA)の問題以前に「タイミングの問題」である可能性を示しています。臨床的には、高負荷の筋力トレーニングに入る前に、低負荷・低強度で「深層筋を先行発火させる感覚を再教育する」段階を設けることが理論的に支持されます。ただし、「どのような運動課題が最も効率よくAPAを再獲得できるか」については研究間の一致した知見がまだ不十分であり、個々の患者に合わせた柔軟な対応が求められます。
第三の視点:腸腰筋については「股関節機能」と「腰椎への作用」を別々に評価する
腸腰筋の腰椎への直接的な作用は複雑であり、「大腰筋を鍛えれば腰椎が安定する」「大腰筋が硬ければ腰椎を痛める」という単純な因果関係は現時点では支持されていません。臨床では、股関節屈曲筋力・可動域・姿勢アライメント(前傾骨盤・腰椎前弯の過度な増大)などを多面的にアセスメントし、腸腰筋の「全体的な機能不全の有無」を評価する方が現実的です。
第四の視点:超音波を評価ツールとして使う場合、測定の信頼性確保を優先する
臨床で多裂筋の超音波評価を実施するならば、プロトコルの標準化と測定者の訓練が不可欠です。「測れた数値」をそのまま治療の指標にする前に、自施設での測定再現性を確認すること、また得られた値を解釈する際に「絶対値」より「左右差」や「経時的変化」に注目することが推奨されます。
第五の視点:一つの理論モデルに依存せず、患者の全体像を見る
「コア安定性の障害」という枠組みは多くの洞察を提供してきましたが、それが腰痛の唯一のメカニズムではありません。中枢性感作、恐怖回避行動、心理社会的要因、睡眠障害など、腰痛の多因子性を考えると、深層筋の評価・訓練は治療戦略の一部に過ぎません。Fortin と Macedo(2013年)のシステマティックレビューが示したように、多裂筋CSAの縮小は慢性腰痛に関連している可能性が高いですが、その変化の程度・部位・臨床的意義は個人差が大きく、画一的なプロトコルの適用には限界があります。
図6: 本稿でレビューした主要研究のデザインと主な知見の一覧。いずれも小〜中規模の研究が多く、知見は有益な示唆を提供するものの過度な一般化には慎重を要する。
まとめ
本稿では、多裂筋と腸腰筋を中心とした脊椎深層筋の機能解剖について、筋電図研究と超音波研究の主要な知見を整理しました。Hidesらの一連の超音波研究は、急性腰痛後に多裂筋の局所萎縮が急速に生じ、自然経過では完全に回復しない可能性を示しました。Hodges と Richardsonのケースは、腰痛患者における予測的姿勢制御(APA)の遅延という神経筋制御の障害を定量的に示し、「運動制御アプローチ」の理論的礎となりました。Moseley らは多裂筋の深層・表層線維の機能的分業を明らかにし、リハビリ設計の精緻化を促しました。腸腰筋については、大腰筋と腸骨筋の課題別分業が観察される一方、腰椎安定性への関与の正確な解釈は姿勢・負荷条件に依存して複雑であることが改めて確認されています。
これらの知見はいずれも小〜中規模の研究を基盤としており、臨床応用に際しては研究デザインの限界を踏まえた慎重な解釈が不可欠です。深層筋の評価・再教育は腰痛治療において一つの有力なアプローチですが、心理社会的要因・中枢性感作・運動への恐怖など多面的な視点と組み合わせることで、より個別化された治療戦略が実現できるでしょう。
参考文献
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