慢性疼痛を抱える患者から「薬を飲み続けるしか方法はないのか」と問われたとき、治療家はどのような選択肢を示せるでしょうか。非薬理的介入への関心が高まる一方で、そのエビデンスを系統的に把握しきれていないと感じる臨床家も多いはずです。経頭蓋直流電気刺激(tDCS: transcranial direct current stimulation)は、頭皮に貼付した電極から微弱な直流電流を流し、大脳皮質の興奮性を一時的に修飾する技術です。装置が比較的安価で操作も簡便なため、2000年代以降に疼痛分野での研究が急増しました。本稿では、基礎的なメカニズムから主要な臨床試験・系統的レビューのデータまでを論文ベースで整理し、「tDCSは慢性疼痛に対して何がわかっていて、何がまだわからないのか」を治療家の実践的な視点から考えます。

tDCSの基礎メカニズム——微弱電流はどのように脳興奮性を変えるのか

tDCSの歴史は比較的新しく、現代的な研究基盤はNitscheとPaulusが2000年に発表した研究(Nitsche MA & Paulus W, 2000, Journal of Physiology)によって確立されました。彼らはヒトの一次運動野(M1: primary motor cortex)に直流電流を経頭蓋的に印加し、陽極(アノード)刺激では皮質興奮性が上昇し、陰極(カソード)刺激では低下することを運動誘発電位(MEP: motor evoked potential)の変化で示しました。刺激電流は1〜2 mA程度と非常に微弱で、ニューロンを直接発火させるのではなく、静止膜電位をごくわずかに変化させることで自発的な発火のしやすさ(興奮性)を調整するという点が特徴です。

このメカニズムのさらなる解明は2003年の同グループの研究(Nitsche MA et al., 2003, Journal of Physiology)で進みました。彼らはtDCSが誘発する興奮性変化がNMDA受容体の活性状態に依存することを薬理学的に示し、長期増強(LTP: long-term potentiation)に類似したシナプス可塑性メカニズムが関与すると推定しました。tDCSによる興奮性変化は刺激中だけでなく、刺激終了後もしばらく持続することが特徴であり、この残効(aftereffect)が治療応用の根拠となっています。たとえば10〜20分程度の刺激で、終了後30〜60分以上にわたり皮質興奮性の変化が観察された報告があります。

ただし、この基礎メカニズムの多くは健常者の運動野を対象としたものです。疼痛という複雑な現象に関係する脳領域——前帯状皮質(ACC: anterior cingulate cortex)、島皮質(insula)、前頭前野背外側部(DLPFC: dorsolateral prefrontal cortex)——への応用では、運動野での知見がそのまま当てはまるとは限りません。さらに、個人の頭蓋骨の形状・厚さ・電気抵抗率の違いにより、同じプロトコルを用いても脳内の電流分布が人によって大きく異なることが計算モデルで示されており、これが「同じ設定でも効果にばらつきが出る」という臨床上の課題につながっています。

tDCSの基本セットアップ——電流の流れと作用点 陽極 陰極 tDCS 刺激装置 1〜2 mA 陽極(アノード) 皮質興奮性↑ (主たる治療ターゲット) 陰極(カソード) 皮質興奮性↓ (対側・非特異部位など)

大脳皮質

作用のポイント 静止膜電位をわずかに偏極させる 発火のしやすさ(興奮性)を調整 刺激終了後も残効が持続 NMDA受容体依存のLTP様可塑性

図1: tDCSの基本的な電流印加と皮質興奮性変化のメカニズム

慢性疼痛と中枢感作——なぜ「脳」をターゲットにするのか

慢性疼痛、特に線維筋痛症や複合性局所疼痛症候群(CRPS)、慢性腰痛の一部に共通して認められる現象が「中枢感作(central sensitization)」です。末梢組織の実際の損傷が修復されているにもかかわらず疼痛が持続し、刺激に対する閾値が著明に低下するこの状態は、脊髄後角や脳内の疼痛処理システムそのものが過剰興奮状態に陥っていると考えられます。

中枢感作において重要な役割を果たすのが、脳内の下行性疼痛調節系です。中脳水道周囲灰白質(PAG: periaqueductal gray)から延髄の大縫線核・吻側延髄腹内側部(RVM: rostral ventromedial medulla)を経由して脊髄後角に至る下行性抑制経路は、平常時には末梢からの疼痛信号を「ゲート」して体験される痛みの強度を調整しています。慢性疼痛状態ではこの下行性抑制が機能不全に陥り、結果的に脊髄後角でのシナプス増強が持続することが動物実験・ヒト研究の両面から示唆されています。

前頭前野背外側部(DLPFC)は、この下行性抑制系への「上位調節」に関与しているとされます。DLPFCは注意・感情・認知的評価などの高次機能を担う領域ですが、慢性疼痛患者ではDLPFCの機能低下が報告されており、これがPAGへの抑制入力の弱化を通じて中枢感作を維持している可能性があります。tDCSで左DLPFC(または一次運動野M1)を陽極刺激することで、この下行性抑制系を「上から」賦活しようというのが、疼痛領域における主要な治療仮説の一つです。

一次運動野(M1)を刺激対象とする理由はやや異なります。M1は直接的な運動制御以外に、視床を介した疼痛信号の調節にも関与することが動物実験で示唆されており、M1への陽極tDCS刺激が視床—皮質間の連絡を変調することで鎮痛効果をもたらすと考えられています。この視点は、電気的ペインスティミュレーション(硬膜外運動野刺激)で得られた鎮痛効果のメカニズム研究に基づいており、tDCSは侵襲的な運動野刺激の「非侵襲版」として位置付けられてきた経緯があります。

ただし重要なのは、これらのメカニズム仮説がいずれも「仮説段階」であるという点です。DLPFC刺激やM1刺激が実際に下行性抑制系を強化しているのかどうかを直接証明した研究は限られており、観察された鎮痛効果がどの神経経路を介したものかは現時点では確定していません。臨床効果とメカニズムのギャップをはっきり認識しておくことが、エビデンスを正確に評価するうえで不可欠です。

慢性疼痛と中枢感作——脳内の疼痛調節ネットワーク DLPFC 前頭前野背外側部 M1 一次運動野 tDCS↑ tDCS↑ PAG 中脳水道周囲灰白質 視床 Thalamus RVM 延髄腹内側部 脊髄後角 疼痛信号の中継・調整 下行性疼痛抑制経路 慢性痛では機能低下

末梢からの 疼痛信号↑

tDCS治療仮説 DLPFC/M1を陽極刺激 下行性抑制系を賦活 → 脊髄後角の過興奮を抑制

図2: 慢性疼痛における中枢感作とtDCSの介入点(概念図)

線維筋痛症に対するtDCS——初期ランダム化比較試験の知見

tDCSの疼痛への応用が最初に注目を集めたのは、線維筋痛症(fibromyalgia)を対象とした研究においてです。線維筋痛症は全身の広範な疼痛・疲労・睡眠障害を主徴とし、その病態に中枢感作が強く関与することが支持されています。薬物療法への反応が限定的であることから、中枢神経系に直接働きかけるアプローチとしてtDCSへの期待が高まりました。

Fregniらが2006年にArthritis & Rheumatism誌に発表したランダム化シャム対照試験(Fregni F et al., 2006, Arthritis & Rheumatism)は、この領域における先駆的な研究です。彼らは線維筋痛症患者を対象に、左M1への陽極tDCS刺激(2 mA、20分、5日間連続)とシャム(偽)刺激を比較しました。シャム刺激は刺激開始後30秒で電流を落としてしまう方法で、患者は本物か偽物か区別しにくい設定になっています。結果として、活性刺激群では疼痛スコア(VAS)がシャム群と比較して有意に低下しており、その効果は最終刺激から少なくとも数週間は持続しました。

この試験のサンプルサイズは比較的小規模であり、あくまで「概念実証(proof of concept)」段階の知見です。しかしM1陽極tDCSが線維筋痛症の主観的疼痛スコアに対して統計的に有意な低下をもたらしたという事実は、後続研究の方向性を大きく規定しました。その後、同様のプロトコルを用いた複数の試験が行われ、M1陽極tDCSが線維筋痛症の痛みを軽減する可能性を支持するデータが積み重なっていきます。

一方で、この領域の研究には方法論的な課題も多く指摘されています。主な問題点は以下の通りです。

  • 盲検化の困難: tDCSは電極貼付部位に軽度の皮膚感覚(チクチク感・かゆみ)を生じることがあり、完全な「患者盲検」の維持が困難です。シャム条件が適切に偽装されているかどうかが試験ごとに異なります
  • サンプルサイズ: 多くの試験は数十名規模であり、大規模RCTのようなサンプルパワーを持つ研究は少数です
  • プロトコルの多様性: 刺激部位(M1 vs. DLPFC)、電流強度(1 mA vs. 2 mA)、刺激時間(10〜20分)、セッション数(5〜10回)がさまざまであり、試験間の比較が難しい状況があります
  • アウトカム指標の統一: 「疼痛」の評価にVAS、NRS(数値評価スケール)、FIQ(線維筋痛症影響質問票)など複数の指標が混用されており、メタ解析での統合には限界があります

これらの課題を踏まえ、後に実施されるコクランレビューや国際的なガイドラインは、線維筋痛症に対するtDCSの効果を「有望だが確立には至らない」と慎重に評価することになります。

コクランレビューから読む慢性疼痛全般のエビデンス——何が示され、何が示されなかったのか

個々の試験の結果を統合するために最も信頼性の高い方法論が系統的レビューとメタ解析です。tDCSを含む非侵襲的脳刺激(NIBS)の慢性疼痛への効果については、O'Connellらが2018年にコクラン共同計画(Cochrane Collaboration)の枠組みで系統的レビューを発表しました(O'Connell NE et al., 2018, Cochrane Database of Systematic Reviews)。このレビューはランダム化比較試験のみを対象とし、方法論的品質評価(GRADE)を用いてエビデンスの確実性を判定しており、当分野における最も包括的なエビデンス統合の一つとして参照されています。

O'Connellらの系統的レビューの結論は、全体として「効果はあるかもしれないが、エビデンスの確実性は低いないし非常に低い」というものでした。特に重要な知見を以下に整理します。

線維筋痛症へのM1 tDCSについては、短期的な疼痛軽減を示す複数のRCTが存在し、プールされた結果でも有意な差が示されました。ただし試験ごとの結果のばらつき(不均一性)が高く、GRADEでの確実性は「低い」と評価されました。「効果がある可能性はあるが、真の効果量はまだ不確かである」という状態です。

慢性腰痛に対するtDCSについては、試験数が少なく結果も一貫しておらず、どのプロトコルが有効かを特定する段階には至っていません。

複合性局所疼痛症候群(CRPS)や神経障害性疼痛に関しては、使用できる高品質のRCTが非常に少ない状態でした。いくつかのケースシリーズや小規模パイロット研究はあるものの、系統的レビューでは確定的な結論を出せませんでした。

このレビューと並行して重要なのが、国際臨床神経生理学会(IFCN)が2017年に発表した「tDCSの治療的使用に関するエビデンスに基づくガイドライン」(Lefaucheur JP et al., 2017, Clinical Neurophysiology)です。このガイドラインは推奨水準を「エビデンスレベルA(複数のRCTによる確立した効果)」から「C(専門家の意見・観察研究のみ)」まで分類し、tDCSの用途ごとに評価しています。疼痛分野では、線維筋痛症に対するM1陽極tDCSが「おそらく有効(probably effective)」に相当するエビデンスレベルBとして認定されており、この評価は当時の疼痛適応の中では最も強いものの一つでした。しかしエビデンスレベルAに達した疼痛適応は存在せず、tDCSが疼痛治療として「確立した標準療法」の段階にはないことを同ガイドラインは明示しています。

tDCSの疼痛エビデンス——主要な疾患別エビデンスの強さ(IFCN 2017ガイドライン準拠)

エビデンスの強さ

A 確立した有効性 B おそらく有効 C 可能性あり D 証拠不十分 線維筋痛症 (M1陽極) B 慢性腰痛 (各プロトコル) C–D 神経障害性疼痛 (脊髄損傷等) C CRPS (複合性局所) D エビデンスレベルB(おそらく有効) レベルC(可能性あり) レベルD(証拠不十分)

※ Lefaucheur et al. (2017) Clin Neurophysiol 128(1):56-92 および O'Connell et al. (2018) Cochrane を参考に模式化 ※ 疼痛適応においてエビデンスレベルAに達したものは現時点で存在しない

図3: 慢性疼痛の疾患別tDCSエビデンスレベル(IFCNガイドライン2017準拠・模式)

コクランレビューとIFCNガイドラインを重ねると、tDCSの疼痛領域での現状がより明確に見えてきます。「有望な結果が複数の試験から得られているが、全体としてエビデンスの確実性が低く、どのような患者に・どのプロトコルで使うべきかが未確定」という状態です。これは「効果がない」ということではなく、「現在のRCTの規模と質ではまだ確定的なことが言えない」という段階です。この区別を臨床家が患者に伝えるうえで重要です。

刺激プロトコルの選択と個人差——電極配置・電流量・セッション数の実際

tDCSを疼痛研究で用いる際に研究者が直面する最大の課題の一つが、「どのプロトコルが最適か」という問いに対する明確な答えがまだ存在しないことです。Lefaucheurらの2017年ガイドラインが示しているように、現状では電極配置・電流強度・1セッションあたりの刺激時間・総セッション数という4つの変数のすべてについて、「これが標準」と言えるコンセンサスが形成されていません。

電極配置に関しては、疼痛研究で最も多く採用されているのは次の2パターンです。①陽極電極を左M1(C3相当)に置き、陰極を右眼窩上部(SO: supraorbital)に置くパターン、②陽極電極を左DLPFCに置き、陰極を右DLPFCまたは右SOに置くパターンです。いずれも国際10-20法に基づく頭皮上の座標が用いられますが、実際の皮質に対する電流の到達位置・深さは個人の頭蓋形状・皮下脂肪・頭皮インピーダンスによって変わります。計算モデル(computational modeling)による研究では、同一プロトコルを適用した複数人で脳内の電流密度が2〜3倍以上の個人差を示す場合があることが報告されており、「同じ設定でも効果にばらつきが出て当然」という前提に立つ必要があります。

電流強度については、1 mAと2 mAが主に使用されており、ほとんどの安全性試験はこの範囲内での使用を想定しています。2 mAは1 mAより皮質興奮性への影響が強い可能性が示唆されていますが、両者の臨床効果の差を直接比較した試験は限られています。また電流量が増えると皮膚感覚(ピリピリ感)が増すため、盲検性の維持がさらに難しくなるというトレードオフがあります。

刺激時間とセッション数については、1回あたり20分・5〜10セッション(連続5日間または隔日で2週間など)というプロトコルが多く使われています。「セッションを増やせば効果が上積みされるか」という問いについては、頭打ち効果や個人によって最適なセッション数が異なる可能性があり、均一な答えは出ていません。一部の研究では、5セッション以降に追加セッションを行っても疼痛軽減の上乗せが得られにくかったという報告がある一方、長期的な定期セッション(月1〜2回の維持療法)によって効果を持続させるプロトコルを探索している研究グループもあります。

主要な電極配置パターンと疼痛研究での適用(頭部上面図)

パターン①: M1 – 眼窩上部

前(鼻) 後(後頭) 陽極 左M1 陰極 右眼窩上

C3

パターン②: DLPFC – 右DLPFC

前(鼻) 後(後頭) 陽極 左DLPFC F3 陰極 右DLPFC F4 比較ポイント ① M1刺激: 視床−皮質経路を介した鎮痛。線維筋痛症RCTで多く採用 ② DLPFC刺激: 下行性抑制系・認知的疼痛評価の調整が仮説。うつ・不安の併存例で研究増加中

図4: tDCS疼痛研究における主要な電極配置パターン(頭部上面・模式図)

個人差の問題はプロトコルの選択だけにとどまりません。遺伝的背景(例: BDNFのVal66Met多型)がtDCSの可塑性効果に影響することを示唆する研究も存在しており、将来的には個人の遺伝子プロファイルや神経イメージング所見に基づいてプロトコルを最適化する「精密医療的アプローチ」が求められる可能性があります。ただしこれは現時点ではまだ研究段階の概念であり、臨床実装には距離があります。

tDCSの安全性プロファイル——副作用と禁忌の現状

tDCSが非薬理的介入として注目される理由の一つが、その相対的な安全性です。BiksonらのグループはtDCSの安全性に関する包括的なエビデンスをまとめ、2016年に「安全性エビデンスアップデート(Safety of Transcranial Direct Current Stimulation: Evidence Based Update 2016)」としてBrain Stimulation誌に発表しました(Bikson M et al., 2016, Brain Stimulation)。このレポートはヒト研究・動物実験・計算モデルの3つの視点から安全性を検討しており、tDCSの安全性に関する最も包括的な文献の一つとして引用されています。

Biksonらの総括では、1〜2 mA・20〜40分以内の通常使用条件下では、神経損傷を示唆する証拠はなく、現在のプロトコルは「安全な範囲内」にあると結論されています。ただし「安全な範囲内」であることと「副作用がゼロ」であることは別問題であり、以下のような軽微な副作用は通常の使用でも報告されています。

  • 皮膚感覚: 電極貼付部位のピリピリ感・チクチク感・かゆみが最も頻度の高い副作用です。多くの場合、刺激開始後1〜2分で慣れ、刺激終了後は自然消失します
  • 頭痛: 刺激中または刺激後に軽度の頭痛を訴える参加者が一部(10〜20%程度)で報告されています
  • 疲労感・眠気: 刺激後に疲れを感じる例があります。これが副作用なのか、刺激そのものの神経調整作用なのかは区別が難しいケースもあります
  • 電極下の皮膚発赤: 電流密度が高い場合や長時間の刺激後に、電極直下の皮膚に一時的な発赤・わずかな灼熱感が生じることがあります。適切な電極ジェルの使用と電流密度の管理(0.04〜0.08 mA/cm²以下)で大幅に軽減できます

一方、以下の状況では慎重な対応または除外が推奨されています。

  • 頭蓋内金属インプラント(動脈瘤クリップ、電気的脳深部刺激装置、人工内耳など)が電極貼付部位付近にある場合
  • 活動性の発作性疾患(てんかん): tDCSは皮質興奮性を変化させる可能性があるため、発作閾値への影響が懸念されます
  • 妊娠中: 安全性データが十分でないため、多くの研究プロトコルから除外されています
  • 皮膚の状態: 電極貼付部位に皮膚炎・創傷・感染がある場合は、電極貼付を避けるか部位を変更する必要があります

重要なのは、tDCSは「副作用が軽微だから何でもOK」な技術ではなく、「現時点で判明している範囲では安全性プロファイルは良好」という評価であることです。長期間・高頻度の使用に関する安全性データは依然として限られており、特に民生品(脳トレデバイス等)の個人使用では専門家の監督なしに行われるリスクもあります。

tDCSの安全性プロファイル——副作用頻度と主な禁忌事項

報告される副作用(通常使用)

皮膚感覚 (ピリピリ感) 〜70%

軽度頭痛 〜20%

疲労感・眠気 〜15%

皮膚発赤 〜10%

神経損傷 報告なし (通常プロトコル)

※ 頻度は報告によりばらつきあり。 軽微な副作用が多く、刺激後に自然消失。 Bikson et al. (2016) Brain Stimul を参照

注意・禁忌とされる状況

要注意: 頭蓋内金属インプラント 電極近傍の動脈瘤クリップ・DBS装置・人工内耳 要注意: 活動性てんかん 皮質興奮性変化が発作閾値に影響する可能性 要注意: 妊娠中 安全性データ不十分。多くの試験で除外基準 注意: 電極部位の皮膚病変 皮膚炎・創傷・感染がある場合は部位変更 注意: 未監督の自己使用 民生品での個人使用は専門家監督なしに高リスク 安全性の総合評価(Bikson et al. 2016) 通常プロトコル(1〜2 mA・20分以内)での神経損傷リスクは現時点では確認されていない。 ただし長期・高頻度使用の安全性データは依然として限られており、継続的な監視が必要。

図5: tDCSの副作用頻度と主な禁忌事項(Bikson et al. 2016 を参考に模式化)

臨床への示唆——治療家はtDCSをどう位置づけるか

tDCSに関するエビデンスを整理した後、治療家にとって最も実践的な問いは「では明日の臨床でどう考えればよいか」です。この問いに対して、現時点のエビデンスが示す方向性をいくつかの観点から整理します。

患者への情報提供という観点から: 慢性疼痛、特に線維筋痛症の患者が「tDCS機器を使ってみたい」「tDCSを受けたい」と言ってきたとき、治療家はそのリクエストを適切に評価するための知識が必要です。「エビデンスがある程度ある(IFCNガイドラインでレベルB)が、確立した標準療法とは言えない段階」「短期的な疼痛軽減効果は複数の試験で示唆されているが、長期的な効果の維持や最適なプロトコルはまだわかっていない」という情報を、患者の理解度に応じた言葉で伝えることができることが重要です。「効く」とも「効かない」とも断定せず、「現時点でわかっていること・わかっていないこと」を区別して伝えることが、エビデンスに基づいた情報提供の基本です。

現行治療との組み合わせという観点から: tDCSは単独での使用だけでなく、他の疼痛管理アプローチと組み合わせることを前提とした研究が増えています。たとえばtDCS施行中あるいは直後に運動療法・認知行動療法(CBT)・マインドフルネス介入を組み合わせることで、それぞれの効果が相乗する可能性を探る研究が複数進行しています。これは脳の可塑性が「使い方次第で変わる」という知見に基づいており、tDCSが脳の学習能力を一時的に高める「ウィンドウ」を作り、その間に行動・認知的介入を行うという発想です。

患者選択という観点から: 現在のエビデンスからは、「すべての慢性疼痛患者にtDCSが有効」とは言えません。中枢感作の程度・疼痛の種類・心理的な要因・既存の脳機能状態などが応答性に影響する可能性があります。特に抑うつや不安が強く合併している患者では、DLPFCをターゲットとしたプロトコルが より適合する可能性を示唆する研究がある一方、こうした個別最適化はまだ研究段階です。治療家として重要なのは、「tDCSは特定の条件下では鎮痛の補助手段として一定の根拠がある」という認識を持ちつつ、個々の患者に対して過度な期待を与えないことです。

施術者資格と法的位置づけという観点から: tDCSは日本において医療機器の規制が研究の進展に追いついていない側面があります。治療家がどのような立場でtDCSを扱えるか(または扱えないか)は、所属する職種の法的根拠・職域の範囲・機器の種類に依存します。少なくとも研究文脈で報告されているプロトコルを適切に実施するためには、適切なトレーニングと機器の知識が必須であることは言うまでもありません。

治療家のための tDCS 臨床判断フロー 患者からtDCSの相談 禁忌事項の確認 (金属インプラント・てんかん・妊娠等) 禁忌あり? YES 適用見送り NO 疾患別エビデンスを確認 線維筋痛症=レベルB / 他=C〜D 患者へのエビデンス説明 「確立した標準療法ではないが 短期鎮痛への可能性は示唆されている」 方針決定 研究施設・専門医への紹介 / または 既存療法の補助として位置づけ、経過観察 現時点の限界 ・最適プロトコル未確定 ・長期効果データ不足 ・強い個人差がある ・法的位置づけ要確認

図6: 治療家が患者からtDCSについて相談を受けたときの判断フロー

まとめ

経頭蓋直流電気刺激(tDCS)は、大脳皮質の興奮性を非侵襲的に修飾することで慢性疼痛に働きかけるアプローチとして、2000年代から本格的な研究が積み重ねられてきました。Nitsche & Paulus(2000)による基礎的なメカニズム解明から始まり、Fregniらによる線維筋痛症のRCT(2006)、そしてO'ConnellらのCochraneレビュー(2018)とLefaucheurらのIFCNガイドライン(2017)に至るまで、エビデンスの層は着実に積み上がっています。

現時点で言えることをまとめると以下の通りです。

  • メカニズム: 陽極tDCSが皮質興奮性を上昇させ、NMDA受容体依存の可塑性変化を引き起こすことは基礎研究レベルでよく支持されています。しかし、これが疼痛軽減にどの神経経路を介して結びつくかは仮説段階です
  • 有効性: 線維筋痛症へのM1陽極tDCSは「おそらく有効(エビデンスレベルB)」とIFCNガイドラインで評価されており、疼痛適応の中では最もエビデンスが蓄積しています。他の慢性疼痛(腰痛・神経障害性疼痛等)はエビデンスレベルC〜Dにとどまります
  • 安全性: 通常プロトコルの範囲内では神経損傷の報告はなく、副作用は軽微なものが主体です。ただし禁忌の確認と適切な施術者の監督が前提です
  • 今後の課題: プロトコルの標準化、長期効果のデータ蓄積、応答者を事前に予測する方法の開発、他介入との組み合わせ効果の検証が喫緊の研究課題として残っています

慢性疼痛に携わる治療家にとって、tDCSは「過大評価も過小評価もせず、現在のエビデンスの位置づけを正確に把握する」ことが最も重要です。患者が情報を探し、試してみたいと思ったとき、その相談に科学的根拠をもって応じられる姿勢が、これからの治療家に求められていると言えるでしょう。

参考文献

  1. Nitsche MA, Paulus W. (2000). Excitability changes induced in the human motor cortex by weak transcranial direct current stimulation. Journal of Physiology, 527(Pt 3):633–639.
  2. Nitsche MA, et al. (2003). Pharmacological modulation of cortical excitability shifts induced by transcranial direct current stimulation in humans. Journal of Physiology, 553(Pt 1):293–301.
  3. Fregni F, et al. (2006). A randomized, sham-controlled, proof of concept study of transcranial direct current stimulation for the treatment of pain in fibromyalgia. Arthritis & Rheumatism, 54(12):3988–3998.
  4. Lefaucheur JP, et al. (2017). Evidence-based guidelines on the therapeutic use of transcranial direct current stimulation (tDCS). Clinical Neurophysiology, 128(1):56–92.
  5. O'Connell NE, et al. (2018). Non-invasive brain stimulation techniques for chronic pain. Cochrane Database of Systematic Reviews, Issue 3, Art. No.: CD008208.
  6. Bikson M, et al. (2016). Safety of Transcranial Direct Current Stimulation: Evidence Based Update 2016. Brain Stimulation, 9(5):641–661.